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2012年7月17日 (火)

ミュージシャンと脱原発

僕はミュージシャンとして音楽活動以外の社会活動は一切していませんが、自身のポリシーとしては原発反対です。3.11であれだけの大事が起き、原発が僕ら人間にとっては「まだ手に余る」存在であると分かった今なお、経済発展や現在の社会生活維持のためにそれを使い続けようとする国家の姿勢は理解できません。僕らは電気を使います。我が家にも冷蔵庫で24時間食材は冷やしていますし、エアコンだって使います。音楽活動にも電気は必要です(完全アコースティックライブだけは別ですが)。

まあ原発推進派の人相手にこういう話をすると「じゃあ●●は?●●は?」と水掛け論になるだけなので、ここではそれは止めて、「じゃあ原発なしの世界なら、自分の人生をどうデザインしていくだろうか」という視点でちょっと述べてみます。実は去年から色々考えていて、実践していることもあります。

僕のミュージシャン人生はおそらく死ぬまで続くので、「音楽活動には電気をたくさん使うので音楽をやめる」という選択肢はまず最初に消しました(笑)。

ここでもう一つ、
別の話として、テクノロジーの驚異的な発展と共に世のミュージシャン達の活動形態も随分と変わってきました。利便・効率的・経済的になった反面、表現者としての感覚は間違いなく鈍ってきています。100%体に悪いと分かっていても、目の前にあるジャンクフードを止められないのと同じことです。僕は使える電気と、過去の偉人たちによるテクノロジーの発展には最大級の感謝を評した上で、それらをどう使い、どう関わっていくかという事も踏まえた上で、僕の今後の音楽人生をデザインしてみました。

(過去の反省と、変化を恐れない勇気と共に)

まず、これはもうすでに実践しているのですが、PCソフトの録音状態を回しっぱなしにしながら「何かできないかな~、偶然良いメロディが弾けたらラッキーなんだけどな~」という作曲方法をやめました。今は10代の頃と同じピアノと譜面(紙)を使って曲書きをしています。最初は面倒くさい感じも少しありましたが、今ではメロディが生まれる瞬間、生まれそうな瞬間をワクワクしながら「生きてる実感」と共に曲が生まれ初めています。これはミュージシャンにとってすごく大切な事で、便利さや効率とは天秤には掛けられないかけがえのない価値ある事です。僕は10年くらいずっと忘れていました。反省。

レコーディングと編集作業についても、朝から晩までPCとにらめっこしながら延々と作業する生活をやめました。起こした譜面を元に、想像(創造)力をフル稼働して頭の中でしっかりサウンドデザインをイメージした後で、それを一気に短時間でPCに取り込みます。PCをいじりながら創作するのではなく、頭の中でしっかり作り上げたものをPCに記録していくのです。PCは単なるレコーダーとして機能しています。録音時の演奏についても、記録する前にしっかり練習をしてから一気に録り込みます。PCの前でウダウダと繰り返しRECボタンを繰り返し押す時間より、しっかり準備してスパっと録るほうが実は時間がかからず、しかも集中力と緊張感が良い方向に音に反映されている気がします。僕はもともと緊張体質なので、レコーディングがデジタルになった当時は、何度でも繰り返しやり直しができるようになった事に大きな喜びを感じていましたが、その分準備不足と本チャンでの緊張感の足りなさからマジックを起こせないというジレンマにその後ずっと苦しんできました。「どちらを大切にするのか?どちらをあきらめるのか?」僕の選択はこうしてあっという間に答えが出ました。


作曲・録音後の編集・アレンジ作業については・・・これまで「今日は朝まで寝ないでやるぞ!」とまず覚悟を決めて、お菓子とジュースをいっぱい買い込んで(笑)作業に入るというのが常套手段でしたが、今は集中力と効率(これは自分がこれまで培ってきたスキルという意味です)を駆使して、夜遅くても日付が変わる頃には作業はやめます。PCの電源を落とし寝る前の時間を、本を読んだりしてゆったり過ごしています。そして夜更かしせず、その分早起きをします。早朝はPC作業ではなく、感覚が冴えているうちに作詞関係の活動をよくしています。

・・・などなど、まだまだ色々あるのですが。
一見原発問題と何も関係ないじゃねえか!と怒られるかも知れませんが、「変えなければならない」事が間の前に現れたとき、まず「どうやって初めるか考える」事を放棄してしまっては、絶対に何も変えられないという事が僕は言いたいのです。まず考える・ダメ元でも何でもいいからプランを立ててみる、そしてチャレンジしてみる事が全ての第一歩だと思います。原発をなくすことが「奇跡」だというのなら、その奇跡の第一歩はやはり考える事から始まるのではないでしょうか。


いまの政府が何を考えているのか、どういう癒着や裏事情・既得権益があるのかをいちいちここで考える気はありませんが、「今すぐ原発を止めたらこの国が終わる」というのなら、その前に「いつまでにこの国を原発なしで存続させる」という宣言をまず発表すべきです。それが未曾有の災害国となってしまったわが国の総理大臣が、一国のリーダーとしてまずすべきことだと思います。そうすれば動き出すんです。原発がなくてもこの国はやっていけるんです。やっていけるようになるんです。そういうアイデアがいっぱい出てくるんです。世界ってそうやって変わっていくんです。

だから小さなビジョンを僕はこれからも立て続けます。電気は必要です。電気を一切使わずに生きていく宣言をしようとは言っていません。でも「二度と起こしてはいけないと分かっている事」を繰り返そうとするのは、学ぶ生き物=人間がすべきことではありません。

※ちなみにたとえこの後、世界が電気を全く使えないような時代になったとしても、僕は手動式蓄音機を使ってでも音楽活動を続けます(笑)。僕の音楽人生は死ぬまで続きます。

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