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2012年10月30日 (火)

生きる視点

最近感じている事がある。

僕が実際自分に厳しいタイプなのかどうかは、他人がどの程度かが分からないので比較はできないけど、でも結構自分に実際にできるより多くを課すタイプのようだ。
多分、20代前半でファミレスのリーダーみたいな事をやっていた頃、ビジネスライクな物事の解決法を上司に徹底的に教えてもらった事が大きく影響している。それはそれですごくある意味役立っているのだが、僕はこれをプライベートにもビジネスにも全てにおいて混同してずっと生きてきたのだと思う。
・10分空いたら、明日分の作業を前倒し。
・遅れた仕事は他の仕事を圧縮して時間を捻出する。
・一緒に片付けられる事は極力効率的に。
・同じ失敗を二度と繰り返さないために、終わった事は必ず検証&修正
僕の頭の中では、いつも「時間」「作業進行度」「残りのエネルギー」「残りの仕事」のメーターがリアルタイムで増えたり減ったりしている。戦闘ゲームの主人公のヒットパワーみたいな感じ。それのどれが少なくなって、どうやって挽回するべきか、一日中そういう事を心配しながら生きてきた。そして、このやり方で今年始め、ついに完全にくたびれてしまった。
休養が明けて、始めの頃はまた以前のリズムに戻ろうとする自分がいて、でも今度はそれを本能的に嫌がっている自分もいて、ものすごい拒絶反応があった。前とは違うやり方を何か考えなければ前に進めないという所までいったので、なんとなく今までとは違うやり方を数ヶ月模索してきた。今はワンマンライブの準備が結構あるのだが、その片付け方・進め方を考える上で、結構良い感じに変わってきたように思う。今はあまり機械的・効率的になんでもかんでも詰め込んでパズルみたいな生き方をするのは止めようとしている。生き方の癖はそう簡単には直らないけど、でもちょっとずつどこにフォーカスをすればいいのかが分かってきた。
それは「楽しい」かどうかと言う気持ちと、
それを「やりたい」かどうかという気持ちだという気がする。
だから、
ものすごく本が読みたい時は、あえて仕事を控えて本を読むし、山に行きたければえい!と行ってしまう。あの店の高いパンがどうしても食べたい時は、お金貯めてから行くのではなく、とにかく食べるようにしている(笑)。そうすると結構後はなんとかなるのだ。
「その前にまずアレとアレを片付けてから・・・」というやり方で、結局アレとアレだけやって一日を終える日がこれまであまりにも多すぎたのだと思う。こんなに頑張ってるのになんでこんなに報酬が少ないのだろう、俺の人生はっていう気持ちがだんだんなくなってきて心地よい。いままでは多分楽しみを最後に残して、キャベツや味噌汁ばかり食べてるうちに、エビフライを食べるチャンスを逃していまうような生き方だったのだろう(笑)
今は(どんな小さな事でも)1日1つ何か片付けばそれを喜ぶようにしている。片付かなくても、明日またやればいいやと見切りをつけて気持ちよく一日を終えるように心がけている。深夜や朝方に「ああアレができなかった、アレを明日やらなきゃ」って思いながら気絶するように布団に入るのをやめた代わりに、風呂上りにパジャマでゴロンと横になってちょこっと本を読んだり、日記をつけてみたり、海外ドラマ見たり、ぼ~っと一日を振り返ってみたり・・・そういう風にしてると、不思議と今まであんなに頑張っても出てこなかったメロディや言葉やアイデアが、ポロっとどこかからこぼれ落ちてきたりする。
人生って皮肉というか、不思議というか、裏腹ですな。
もうすぐ40歳になるというのに、人生勉強ばかりです。

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